旅行

ミャンマー(ヤンゴン)の思い出の一コマ、、、

早いものでもう2月です。もう少しすれば春なんですねぇ、、、と思って今朝も在宅勤務しながら過ごしてたのですが、残念なニュースを見てしまいました、、。

ミャンマーへは2019年の夏に行った事が有りまして行った事が有る国なので幾つかの記事を見てしまいました。選挙の不正が有ると言うような事を言っているようですが軍事力行使の正当な理由になる訳が有りません。ミャンマーに限った話では無いですがこう言う力による行動はいつ無くなるのかなと思う今日この頃です。

日本からもビジネス的に色々と進出していると思いますので現地にいる日本人の方は安全第一で行動して頂きたいと思う反面、現地の人はどう思っているのかは知る術も無いですが、意外と冷静に普段の行動をしているのかもとも思いつつ、外部からのニュースですと実際のところは分からないですね。何でもそうですが報道と実態ってその通りの時も有ればそうでは無い時も有るので兎にも角にも変な被害が出ない事を祈るばかりです。

私自身がミャンマーへ行った際にはバガンやマンダレー等にも非常に興味が有ったのですがなんせミャンマーへ初めて行くので2019年に行った際にはヤンゴン市内中心に二泊して回って来ました。

一回行ってある程度の雰囲気を分かってからバガンやマンダレーはまた来ようと思っていて今に至ってます。

現地の方はとても良い目をしていたのが印象的で貧しい国と言う事では有りますが人々には明るさも有りこれから発展して行くんだろうなと感じたものです。

自分的に回想したブログを記載して見たくなりこのブログでは移行前に記載した日本人墓地へ行った時の事を改めてここで記載しようと思います。

ヤンゴンの郊外に日本人墓地が有ります。

先の第二次世界大戦で当時のビルマはイギリスの植民地で戦略上の拠点として重要と言う事でイギリスやアメリカ軍と戦い多くの戦死者を出して大敗しましたが、その戦没者の慰霊として作られた場所です。帰国前のヤンゴンでの最後の観光場所としてどうしても日本人としては手を合わせに行って見たくなり行って見た次第です。

当日はとても暑い日でして長く外で歩いていると熱中症になり兼ねない気温でした。

ミャンマーで熱中症で運ばれたくは無いのでここへ来る直前に涼しいショッピングセンターで冷たいものを飲んだり持参したペットボトルに入れたりしながら体調を整えて休憩して挑みました。墓地の周りに何も無い雰囲気がマップからありましたし、実際にそうでしたので良かったです。

道路の混雑等もありましたが、Grabで30分近くは掛かったと思います。ヤンゴンのダウンタウンから位置的には途中に休憩していた場所(ミャンマープラザ)があると言う感じです。ダウンタウンからですともっと掛かると思いました。

ここに来るまでの道のりは事前に予想していたある意味ミャンマーらしい光景が各所に見られました。ヤンゴンのダウンタウンでは外国人向けのビルや店が色々と有りましたが、郊外は電気も来ているのかと思うような場所ばかりです。到着した際にGrabタクシーから降りる際に運転手から「本当にここで良いのか」と2回程念を押されましたが大丈夫と言う事でおりました。周りは何にも無いですがスマホを見ると通信エリア内ですので帰りもGrabで何とかなるだろうとこの時は思ってました、、、。と言う事で中へ入ります。

早速中へ入って見るとこのようなとても整備されている一直線の通路があってその両側に様々な墓地がありました。

帰りのフライトまで時間にかなり余裕を持たせて来たので一つ一つ墓前で手を合わせました。

こちらも同じように手を合わせてお参りと思いながらよく見ると、この墓はあの映画・ビルマの竪琴のモデル主人公の墓地と言う事で少し見入ってしまいましたね、、。こちらでも手を合わせてしっかりお参りしました。

こちらの建物の陰に管理している現地の方がいました。暑いので日陰にいたようです。
非常に暑いので大変だなと思うと同時に日本人墓地の為にメンテナンスして頂けている事に感謝です。

私が行った日も何人かの日本人が記帳してました。見て見ると特定の日に纏まって名前が記載されているので、どうやらツアーで来る人のようでしてGrabで個人で来るような人は余りいない雰囲気です。私も勿論記帳させて頂き、わずかながらですがお金を箱へ入れました。このお金は維持に役立てて頂くそうです。毎日何人かの日本人が来ているようでして自分もその一人になれて良かったです。

そこから振り返って一枚です。
本当にこの日は暑くてこの時点ではペットボトルを二本持っていたので早めに水分補給しながら体調に気をつけて敷地内を周りましたね。ここで倒れたらシャレにならないですからね。

余談ですが自分は海外旅行に行く際には必ず保冷・保温出来る水筒を持って行きます。水が飲みたくなっても直ぐに自販機があると言うのは日本ぐらいですので、特に暑い場所へ行く際には重要だと思ってます。

後ろ姿ですが現地の方です。
とても人の良さそうな人でして、記帳する際やお金に関しても決して要求する訳でもなく良い目をされていたのをよく覚えてます。

熱中症に気をつけながら他のお墓についても一つ一つ手を合わせてお参りさせて頂きました。

と言う事で広いスペースと言う訳では決して無いですが、はるばるここまで来て国の為に尽くした先祖には自分なりにお参りは出来たかなと思うと同時に、上からの指令でどんな気持ちで、このような遠方まで来たのかなと思うと切なくもなります。戦争なんてしたくなかったでしょうし、生きて日本に帰りたかったでしょうし、、、。

是非ミャンマー・ヤンゴンへ来た際には寄って頂きたいと思いましたね、日本人として。

墓地の前ですがこんな感じでして、店も無いし車も通らないしで地元の方しかいない田舎の道です。飛行機の音がしてその方向を見ると着陸態勢に入っている飛行機が見えました。

電波的にはエリア内でしたので、Grabで探したのですが何と無情にも「見つかりませんでした」が出てしまいGrabタクシーを呼べませんでした、、、。この時には本当にマズイと思いましたね。取り敢えず近くに座って休んで10分後に試して見ても同じでした。空港まで検索すると1時間歩けば行けなくも無さそうでしたが、熱中症になりそうですし、道もどんな感じか分かりませんし少しこの時は焦りました。少し考えてGrabタクシーアプリ内の車のサイズを一つ大きくして再度検索したら運よく一台引っかかって最終的には呼ぶ事が出来ました。とてもホッとしたのを覚えてますし、運転手もここで呼ばれる事にかなり驚いてましたねw。Grabで呼べなかったらどうしようかと真剣にビビりましたw。

行った時から一年半近く経過してますので今はどうかは分かりませんが、当時空港に向かう途中に何枚かGrabタクシー内から撮影したのが上の写真です。ヤンゴンのダウンタウンはともかく、郊外になるとまだまだ電気が通ってなかったり建物もプレハブ的な家が多かったりと言う感じでして、これからの発展する余地が非常にあると思いましたね。今思っても墓地に向かう道や空港への道は凄いところを通っていてある意味ミャンマーらしい雰囲気の中を走行しましたので良い経験になりました。

急に近代的な建物が見えたと思ったら空港に到着しました。
空港から少し歩いたすぐ近くも結構ローカルな場所でした。

と言う感じで空港にあの場所から到着した時には正直凄くホッとした事を覚えてます。

この後はLCCを利用して乗り継いで無事に帰国しました。

ミャンマー・ヤンゴンですが英語も思ったより通じて人も良く、油断はしませんでしたが治安的な心配も感じ無かったですし自分的には振り返ると非常に良い経験が出来たし印象に残る旅が出来ました。今のコロナも収束しミャンマーの政治も安定した際には是非また行って見たい国の一つです。

その為にも力による行動は辞めて平和的に民主化をミャンマー国民の為に進めて頂きたいと今は願うだけです。

 

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