先日ですがJR東日本からプレスがありまして東京の東西を走る中央線の三鷹駅と武蔵境駅の間にある三鷹こ線人道橋が2023年12月に撤去されると言う悲報を知りました。
こちらの橋は太宰治が愛した場所として文化的な位置付けも高く1929年に設計された歴史の長い橋です。そしてこの橋ですが個人的にも思い出がありまして子供の頃に親に連れられて何度も橋から電車を見た事を今でも覚えていて今回撤去されると言う事でギリギリに行くと混雑しそうな気がして早めに昔の思い出を辿りに久しぶりに三鷹へ足を運んだのでした。
と言う事でJR中央線の三鷹駅にやって来ました。三鷹駅にはたまに来ていますが昔と基本的には変わって無いですね。特に北口駅前のロータリーは昔のままのような印象があります。勿論駅近くに高いビルが有るのは以前とは違いますが、駅前に多くの関東バスがあるのも変わらずでこの先も変わらない三鷹駅のままでいて欲しいなと思います。
駅から線路沿いを記憶を頼りに歩いて行きますが昔と印象が殆ど変わらずで既にこの辺りから懐かしい感じがしていました。
10分前後歩くと目的地である「三鷹こ線人道橋」に到着です。久しぶりに見ましたがここだけ時間が止まっているかのようです。橋の上を見ると見物客が既に居ました。
橋を登る前に小さく撤去の案内がある事に気が付きました。撤去されるのは地元の人にはどの程度インパクトが有るのかは定かではありません。北側や南側に住んでいる人は駅へ行く事が勿論出来ますし三鷹駅も北口と南口両方あるので線路を超えて行く必要は有りません。私のような観光目的の人が普段からどの程度いるのか分かりませんが電車を上から間近で見れるのはこの辺りではなかなかなくかなり今となってはレアな場所なのかなと思います。1929年からの橋なので安全性の観点から撤去と言う事ですが案外残念がっているのは地元客より私のような観光(思い出)目的の人なのかも知れません、、。
警備の人が居ました。昔は勿論居ませんでしたが撤去が決まってから居るようになったのか以前からなのかは定かでは有りませんが電車を見る家族連れは今も昔も変わらずと言う感じでした。
昔はこんな感じで電車をずっと見ていた時期があったと記憶しています。武蔵境駅方面を見ていますが昔はこの先も高架では無かったので沿線の踏切が開かない時間が多くあって多くの渋滞を引き起こしていましたが今は高架になってその辺りの問題も解消されました。逆に言うとここからの景色で違う点はこの先が高架になったくらいで左側の車庫も含めてそれ以外は昔のままのような印象です。
電車が通ると子供が歓声を上げて夢中で電車を見てまして昔の自分はあんな感じで電車を見ていたのかなと思いました。まるで昔の自分とシンクロした感じさえしました。今も昔も子供が電車を好きなのは変わらないんですね。そしてこの橋も中央線の発展をある意味一番見ていた橋かも知れません。橋の至る所に錆があるのはそれだけの長い歴史があると言う事で有り色々な思い出を人々に提供して来た橋と言えます。その内の一人が太宰治でも有ります。
橋の中央付近から更に南側を進むと三鷹の車両基地を見る事が出来ます。子供の時もここから青い東西線の車両、黄色の総武線の車両、赤い中央線の車両に加えて特急電車も止まっていて夢中になって車庫に止まっている電車を見ていました。
南側に来て三鷹駅方面を見た一枚です。高いビルが無ければ余り変わらないような感じに思いました。強いて言えば少し畑があった記憶が残っているかも、、。
南側にも降りて見ました。橋を降りて目の前の道が狭いのも昔のままの印象です。改めて見ても年季を感じる佇まいです。
橋の近くにある観光案内も色褪せているのを超えて文字が消えつつなってました。いつからこの案内はあるんでしょうね。
自分自身の昔の記憶を思い出しながら色々な角度で三鷹こ線人道橋をカメラだけではなく自分自身の目にも焼き付けておきました。このような場所が無くなるのは残念ですが安全が最優先なので仕方ない面も有るのかなと思います。一部は保存して残す意向のようなので歴史を繋いで欲しいです。少し気が早いですが色々な思い出を有難うと言う気持ちで一杯です。どうも有難う御座いました。
撤去時期が近くなると人が多くなる可能性が高いのでご興味ある方は早めに行く事を推奨しておきます。
橋から三鷹駅まで戻って来た所に地下道がありますが今後線路を超えて南北に行く際にはこちらの地下道を利用する必要があります。中央線を真上から見る事が出来なくなるのは時代の流れですがやっぱり寂しいですね、、。
こちらの三鷹こ線人道橋の様子は動画にもしてますので合わせてご覧下さい。